高さ10m鉄の大人形 HOME 戻る
尼崎北高校には、3年4組になると文化祭で「大人形」を作るという「伝統」があった。 4月の始業式。担任の僕が教室に入ると、うなだれた生徒達がいた。受験をあきらめたという表情だ。 そんな運命に逆らい、夏休みを費やし、彼らは戦った。「史上最大の大人形」という夢に向かって・・・ 木の骨組みだけで支えるには大きすぎ、複雑な形だった。「鉄で作る」。僕の提案に、誰もが驚いたが、反対する者はなく、細い木の骨組みを鉄板で支える構造にした。 秋の文化祭前日。完成した頭、顔、上半身、下半身、バットを玄関のひさしの上に持ち上げて重ねる。 「大人形上げ」。これもこの高校の伝統だ。クラス、運動部員、有志、教師。総勢300人が協力し、屋上からのロープで玄関のひさしの上に引き上げる。 下半身、上半身が乗るたびに、地面が揺れる。巨大な塊が、人の力だけで持ち上げられてゆく。 そして、頭。これを首の隙間にスッポリ差しこまなければならない。神業を要する。 必死でロープを引く者。校舎の窓から引き寄せる者。指示を出す者。叫び声がこだまする。 重い。長時間の死闘に、ロープが次々に切れる。宙ぶらりんになった頭が回転を始める。衝突で破片が飛び散る。 女の子は泣き叫んでいる。近所の人も集まり、見守っている。 膠着状態が続く。 耐え切れなくなった屋上では、最後の力で引き上げる。ロープが切れる音。悲鳴。 「首なしの大人形」。誰もが想像し、閉じた目を恐る恐る開くと、奇跡的に頭のはまった大人形が、暗闇の中に浮かんでいた。 一瞬の静寂の後、辺りは歓声と拍手につつまれた。多くの者が、泣き、抱き合って喜んだ。 文化祭当日。4時間に及ぶ死闘の傷跡を残しながら、大人形はそびえ立っていた。 |