闇にひそみ密林に逃れ草原をさまよった日々
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 ヒトは大型の動物でありながら地球上に68億人も生息し、現在最も繁栄している生物のひとつといえるでしょう。しかし、生命40億年の歴史の中で私たちの祖先が常に表舞台で脚光を浴びて生きていたわけではありません。
 私たちの祖先が哺乳類に進化したのは約2億年前で、恐竜が栄えた時代(中生代)が始まった頃でした。しかし彼らはネズミくらいの大きさで、巨大な恐竜に敵うわけもなかく、夜の闇にまぎれて活動し、虫を食べて細々と生きるしかありませんでした。しかし、この暗く深い闇の中で、私たちの祖先は現在のヒトの繁栄を築く能力を身につけます。目を閉じて下さい。飛んでくる虫を捕まえることができますか。視覚は役に立たず、聴覚、触覚などが頼りとなります。彼らは耳を発達させ、そこから得る情報を処理して虫を捕まえるました。この高度な情報処理が哺乳類の脳を飛躍的に発達させたといわれます。
 6500万年前、地上を支配した恐竜が絶滅しますが、私たちの祖先に平和は訪れません。今度は、恐竜から進化した大型の鳥類や、現在より強大な哺乳類が地上を支配し、私たちの祖先はジャングルに逃れ、樹上生活を余儀なくされました。しかしここでも彼らは貴重な能力を身につけます。私たちの手の指を見てみましょう。滑り止めとしての指紋があり、親指が他の4本の指と反対に曲がるために、道具を掴んでうまく使うことができます。これらは、私たちの祖先が樹上生活をしていた頃、枝を掴むために得たものです。
 樹上に楽園を得た私たちの祖先ですが、試練はまだまだ続きます。数百万年前、地球の寒冷化と乾燥化によってジャングルが減少し、弱者として追われた彼らは草原をトボトボと歩き始めます。エサは少なく、何でも食べなければ生きてゆけません。今、私たちの生活には食文化が欠かせず、多種多様なものを食べ、栄養だけでなく喜びにも変えていますが、何でも食べる雑食性は、私たちの祖先がエサの少ない苦しみの中で得た能力なのです。また、彼らはここで直立二足歩行を始めます。このことにより樹上生活で鍛えられた前足が手として解放され、道具が使えるようになりました。また、直立したことでノドの奥の空間が広がり、他の動物にはできない複雑な発音、つまり言葉を発することが可能となったのです。道具と言葉、これらがヒトをヒトたるものとしました。
 今、私たちヒトが在るのは、私たちの祖先が弱者として絶望的な環境に追われながら、あきらめずに生き続け、進化を積み重ねてくれたおかげです。その恩恵を受けている私たちは、彼らの努力を無駄にしないためにも、遺伝子と文化のバトンをつなぎ、人類滅亡を防ぐ努力をする責任があるのかもしれません。
 また、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」と言われますが、個人の人生においても、苦しい環境にこそ、新たな能力を生み出して自分を進化させるチャンスがあるように思えます。


※この文章は、生物Iの授業で話した内容をまとめたものです。
  化学教育兵庫サークルに校正、編集していただき、2009年12月に神戸新聞「理科の散歩道」に掲載されました。

"Ikimono-Note" produced by Eiichi Yoshida